ボブ・ディランのノーベル文学賞がニュースになっている。
単なる偶然だが、そのわずか数日前にNHK・Eテレで浦沢直樹氏と小室哲哉氏によるディランを話題にした対談番組が再放送されていた。
ここで「僕は数十年ディランのファンを続けてきた」などと言いながらLPのコレクションでも披露できればいいのだが残念ながらLPもCDも全部処分して一枚も手元にない。
いや、もっと正直に言うと一時期ディランは聴いていたが熱心なファンだったことは一度もない。
1985年のライブエイドにディランが登場した時も「なんだこの下手糞は」と思ったほどだ。
そんな僕がディランを聴くようになったのは1990年代になってからだ。この時代になると輸入の洋楽CDが安くなったし僕も大人になってCDがたくさん買えるようになった。
90年代も半ばほどになると好きな曲の入った名盤はあらかた収集し終え、今度は「ロック名盤ガイド」みたいな本を読みながら聴いたことのない曲ばかりが収録されているアルバムも買うようになった。音楽の趣味は広がったが自分の好みに合わないハズレのアルバムを買ってしまうことも多かった。今のようにどんな曲でもYOUTUBEで試聴できる時代ではないから仕方ない。
僕は元々ビートルズやクイーンなどわかりやすいロックが好きで洋楽ファンになったのだ。ディランは明らかに僕の好みから外れている。だがいろんなロックの解説本を読むうちに洗脳されて(?)しまった。その手のロック解説本では全員一致でディランを絶賛しているのだ。
わけがわからんながらもせっかく買ったCDやLP。眉間にシワを寄せながら必死に聴いていたがやっぱりわからん。そのうち「英語がわからないから聴いてもわけがわからんのだ」という結論に至った。僕が買ったディランのLPもCDも全部輸入盤だったから訳詞は付属していなかったのだ。そこで一念発起して英会話の勉強を開始、見事に英会話を身に着けて今はNYに暮らしています・・・なんて言えればかっこいいのだがもちろんそんなことは一切ない。僕、地道な努力とか苦手なんで。すみません。
結局本屋に行って「ボブ・ディラン全詩集」という本を買うことになってしまった。
この本には仰天した。百科事典みたいにでかくて重い。値段も高い。そして立派な厚紙のケースの中に2冊の本が入っていた。英詩の本と日本語訳の本だ。なお外装ケースは立派だが本の表紙はハードカバーでなくソフトカバー。本編に使われている紙の質もあまり良くない。
シンコーミュージックなどから出ているビートルズ詩集やクイーン詩集はページを開くと向かって左に英語の歌詞、右に訳詞が書いてあって音楽を聴きながらでも読みやすく理解しやすかった。
だが「ボブ・ディラン全詩集」はそんな読み方はできない。ただでさえ判型が大きくて扱いにくいのに英詩と訳詞が別々の本になっているのでかなり苦行を強いられる。
結局ディランを深く理解しようという目的は達成できずその後アルバムも本も売り飛ばしてしまった。
ちなみにこの本、現在では古本市場で価格が高騰している。ノーベル賞効果でさらに高値になるのだろうか。
あるいは出版社が再販して価格が暴落するのかな。それはともかく・・・

ヘイ・ボブ。ノーベル賞おめでとう。